昭和43年7月19日 夜の御理解



 私は最近、思わしてもらうのに、馬鹿と阿呆で道を開けと仰るが、なかなか馬鹿と阿呆で道を開くという、道を開くというほどしのことはなかなか難しい。ただの馬鹿や阿呆じゃ、道は開けん。ただ、自分の心を、私が馬鹿になっときゃいいから、私が辛抱しときゃいいからという、程度のことですから、まあその場その場の、自分の気持ちを抑えていく意味合いにおいては、おかげ頂くかもしれんけれどもね。それがもう、まあ素晴らしいおかげになっていくということは、これはただの馬鹿になっときゃいいからといったようなことではいけないようである。
 言うなら偉大なる馬鹿と阿呆とでも言おうか、ね、偉大なる阿呆とでも言おうか、そういうその、偉大なる阿呆に馬鹿にならせて頂かにゃあつまらんなあということを最近、私は思います。そこで、まあそうなろうということを務めておりますけれども、あまりにも馬鹿にされる、あまりにも踏みつけられて話したり、二偏三偏は辛抱しておりますけれども、それが本当の馬鹿や阿呆でない証拠にですね、また、そこからこう、ね、でんぐり返るように、腹が立ってくると、それじゃあつまらん。
 そこで私は、本当に偉大なる馬鹿やら阿呆にならしてもらえれるおかげはどういうような願いをもち、どういうような信心さしてもらったら、その偉大なる馬鹿と阿呆になれるかということですね。それにはやはり、偉大なるおかげを願わにゃいけんと。大きなおかげを願わにゃいかんと、ね。人並みのおかげじゃつまらんと。それこそ、人は古代妄想教と言うてもいいって。
 私はいつも言うように、私は日本一を目指すんだと。いうようにですね、なれるなれんは別としてです、私は日本一を目指すんだと。そこで、やはり、ね、日本一を目指してるんだもんね。こういう偉大な願いを持ってるんだもんね。ですからそのことが小さくなってくるですね。まあそのぐらいな修行はもう平気、当たり前になってくるです、ね。
 例えば、身に大きな必至の願いというものを持っておれば持っておる者ほど、ね、場合には、町の無頼にでも卑屈になると言われております、ね。あのシナの有名な(かんしんのまたくぐり?)なんかがそうです、ね。時節を待って、天下でもとろうかという大望を持っておりますから、場合によっちゃあ、無頼のその、股くぐりまでしたんです。(たいどたい?)だったらもう切って捨てたに違いないです、ね。日本にもそれによく似た話ありますね。
 「神崎ようごろう?の東くだり」がそうですよ、ね。それはもう、切実にです、その大望を持っておるわけです、ね。ですから、もう本当言うなら、もう虫けらのような人間からこんなにも馬鹿にされるということはです、ね、もうそれこそ切って捨てたい思いでしょうけれども、そこをぐっと、やはりあの、大望のために辛抱ができたんですよね。だから、大きな望み、大きな願いを持つことだと私は思うですね。
 お互いが、信心をさせて頂いておりますと、信心さして頂いとるために馬鹿にならなんようなことがある。信心がなかなら、馬鹿にもならんですむようなことがある、ね。けど、そこんところをひとつ、お互い大事にさして頂かないけん。それにはまず大きな願いを持つこと、ね。
 そこに私は偉大なる馬鹿にもなれる、ね。例えて言うならば、もうこれに障らない、ね。そういう、このおかげを頂かせて頂くために、ただ、馬鹿と阿呆と言うけれども、なかなか難しい。だからこちらが大きな願いを持たせて頂くとです、そこから馬鹿にもなれる阿呆にもなれる、ね。偉大な、私は馬鹿と阿呆ということはですね、やはりもう底の抜けたようなものでなからにゃいかん、ね。
 ですから、底の、言わば抜けたという、限りがないというかね、限りのない、おかげに繋がっていくことができる。偉大なるおかげを受けた人は皆そうです。人の、いわゆる人の口には戸が建てられんというようにですね、人の口ぐらいには、もうびくともしない、ね。平気で、金光様、金光様でそこを乗り切ることができる。それは大きな願いを持っておるからできるのです。ね。
 まず、大きな願いと、ね、望みに燃えた信心。そこに初めて、偉大なる馬鹿、偉大なる阿呆になることができると思うですね。そしてね、本当にそこができたら楽だろうと思いますね。偉大なる馬鹿になれたら、本当、楽なんだ。その楽な気持ちがもちろん、おかげを約束することにもなるわけですけどね。どうぞ。
 偉大なる馬鹿、偉大なる阿呆をひとつ、目指さにゃいけませんね。どうぞ。



明渡真